(last updated, April 2, 2014)

これまでの研究内容

1)精子の活性化及び走化性の分子機構

受精に先立ち、精子が卵から放出される因子によって誘引されるという現象が知られている。この精子走化性現象は植物では19世紀から、動物でも1950年代から報告され、今では哺乳類を含む多くの動物で見られることが知られている。しかし、この精子走化性の分子機構はほとんど何も判っておらず、肝心の精子誘引物質についても、ほとんどわかっていないというのが現状であった。卵由来物質による精子活性化は古くより数多くの報告があり、精子活性化物質もいくつかの種でとられている。一方、卵への精子走化性は現象としては多くの動物で知られているが、そのメカニズムは今もってほとんど何もわかっていないというのが現状である。

 我々はまず、これまでは有効な定量法が確立されていなかった精子走化性の新たな定量法を開発し、この定量法を用いてカタユウレイボヤの受精前後の精子誘引活性の変化を経時的に調べたところ、受精直後に起きる卵形変化時を境に卵の精子誘引活性が消失することを明らかにした。さらに卵海水に強力な精子活性化・誘引能があることを見いだし、これより精子活性化・誘引の双方の活性を持つ低分子物質を精製し、この物質をsperm-activating and -attracing factor(SAAF)と命名した。そしてESI/TOF-MS, FAB-MS/MS, 2D-NMRを用いてこのSAAFの構造解析を行い、この物質がこれまでに報告のない新奇の硫酸化ステロイドであることを明らかにした。さらにこの化合物の人工合成を行い、まだ不明であった25位の炭素の立体配置をNMRにて同定し、最終的にSAAFは立体配置も含めて(25S)-3α,4β,7α,26-tetrahydroxy-5α-cholestane-3,26-disulfateという構造を持つことを明らかにした(図1)。

 また,我々はカタユウレイボヤに比較的近縁な種であるスジキレボヤについてもSAAFの構造を解明し,その構造の違いはわずかにOH基のつく位置と,二重結合の有無だけであることがわかりました(図1)。このわずかの違いにより種特異性が生み出されていることが明らかとなり,これを足がかりに今後種特異性の分子メカニズムを明らかにしていきたいと考えている。

 

詳しくはプレスリリースを参照してください。

 

図1.カタユウレイボヤおよびスジキレボヤのSAAFの構造


図2.走化性運動時の精子鞭毛運動の変化

 

 また、SAAFによる細胞内シグナル伝達系の解析を行い、精子活性化においてはSAAFは精子細胞膜の電位依存性Ca2+チャネルを介したCa2+流入を引き起こし、CaM キナーゼを介して膜電位の過分極を引き起こすことを明らかにした。その過分極によりcAMPの合成が起こり、cAMP依存性キナーゼを介して精子鞭毛軸糸中のタンパク質がリン酸化され、その結果精子活性化が引き起こされる。一方、走化性時における精子鞭毛運動の詳細な解析により、SAAFは精子鞭毛打の非対称性を一時的に増大させることによって遊泳方向を転換させ、走化性を引き起こしていることを示した(図2)。精子走化性においてはstore-operated Ca2+ channel及びNa+/Ca2+ exchangerを介した細胞外Ca2+の流入が必須であることを明らかにした(図3)。



図3.SAAFによる精子活性化・走化性のモデル

 

 さらに、我々は高速運動している精子の鞭毛波形を正確に捉えるため、発光ダイオード(LED)を用いたストロボ照明装置を蛍光顕微鏡に組み込んだ高速度イメージングシステムを開発し、走化性運動時の微小な精子鞭毛内カルシウム変化を捉えることに世界で初めて成功した(図4)。その結果、走化性運動時の精子では、鞭毛波形の変化が見られる直前に細胞内カルシウムの一過的な上昇(カルシウムバースト)が開始することが明らかとなった。さらに我々は精子走化性の最大の謎である、精子がどのように誘引物質を感知しているのかを明らかにするために、誘引物質濃度勾配中においてカルシウムバーストがどこで起こるかを調べた。すると精子は誘引源に向かって泳いでいるときではなく、常に誘引源から最も離れたときに反応していることが明らかとなった。以上のことから、精子は誘引物質濃度が減少から上昇に変わる点(濃度変化の極小値)を検出し、カルシウムバーストが生じることで鞭毛波形を瞬時に変化させ、遊泳方向の転換を行っているのではないかと思われる(図5)。

詳しくはプレスリリースを参照してください。

図4.走化性運動時の精子鞭毛内カルシウムの挙動
発光ダイオード(LED)を用いたストロボ照明装置を蛍光顕微鏡に組み込んだ高速度イメージングシステムにより、カルシウム感受性蛍光色素を導入した精子鞭毛内の微小なカルシウム変化を捉えることが可能になった。

 

図5.精子の遊泳パターン、鞭毛波形、細胞内カルシウムイオン濃度との関係
精子の遊泳パターンは鞭毛波形の両側の屈曲によって決まり、二つの屈曲が対称になるとき精子は直進し、非対称になるにつれて遊泳軌跡の円が小さくなる。通常精子はやや非対称な波形を示し、精子は円を描くように遊泳している。界面活性剤により精子の細胞膜を除去した実験により、細胞内カルシウム濃度と鞭毛波形の対称性は比例していると考えられてきた(図左)。しかし今回の研究により、方向転換のために鞭毛波形の対称性が非対称から対称へと急激に変化する走化性運動時(図右)には、カルシウムの一過的な上昇(カルシウムバースト)が起こり、カルシウムの絶対濃度と対称性が必ずしも比例関係にはないことがわかった。

 

2)受精時に見られる卵内Ca2+上昇のメカニズムと役割

現在調べられているほとんど全ての動物において、受精後に卵細胞質内のCa2+が一過的、もしくは周期的な上昇(オシレーション)を起こすことが古くより知られている。これらの卵内Ca2+の変動は多精拒否や表層顆粒の崩壊などの現象に関わっていることが解っており、またそれ以外にも卵の賦活や細胞周期に重要な役割を果たしていると考えられている。このような細胞内Ca2+の動員機構としては、細胞外よりCa2+を取り入れる方法と、細胞内のCa2+貯蔵器官である小胞体などの内膜系より動員する方法の2通りがあり、さらに内膜系からの細胞内Ca2+の動員機構として、IP3受容体を介するもの(IP3-induced Ca2+ release: IICR)とryanodine受容体を介するもの(Ca2+-induced Ca2+ release: CICR)の2種類ある。受精・卵賦活時の卵内Ca2+動員機構としては、これまでの研究より、ホヤ、カエル、マウスなどでは主にIICRが関与しており、ウニなどの棘皮動物ではIICRとCICRの両方が働いている。細胞外よりのCa2+動員は卵においてはあまり一般的でなく、わずかにヒモムシと二枚貝において知られているのみである。

 では、この卵内Ca2+の変動は卵賦活にどのように関与しているのであろうか。ホヤ未受精卵は第1分裂中期で減数分裂を停止している。減数分裂は受精後に再開され、まず一過的なCa2+上昇が見られた後に第1極体を放出し、その後Ca2+オシレーションが観察された後に第2極体の放出を行う(図6)。ところがIP3受容体の活性を阻害する抗体を用いて卵内でのIICRの形成を阻害すると、受精後の極体形成や卵割が阻害される。このことはIICRと減数分裂が関連していることを示している。また、IP3を未受精卵に注入し人工的に卵内でIICRを誘導すると、受精なしでも減数分裂は再開し、第1極体の放出を経て第2分裂中期まで進行する。この場合はそれ以上の減数分裂の進行は見られない。しかし第2分裂中期に達した後にIP3の再注入するとさらに減数分裂が進行し、第2極体の放出が観察される。従ってIICRによる卵内Ca2+の上昇は、減数分裂の進行において中期から後期への移行に関与していることが強く示唆している。

図6.ユウレイボヤ卵における受精直後の卵内Ca2+の動態
Ca2+濃度蛍光指示薬fura-2を用いて5秒おきに卵内のCa2+濃度を画像化したもの。受精点(矢印)より波状に卵内Ca2+が上昇する様子が見られる。

実際にCa2+濃度の変化は、細胞周期に重要な役割をしているMos/MEK/ERKカスケードやCDK1活性と密接な関係を持っている。反対に、Mos/MEK/ERKカスケードやCDK1の活性も、卵内Ca2+濃度の調節に深く関わっており、特にERKは重要な働きを持っている。ホヤPhallusia nigraの卵において、ERKの活性を高く保っていると、細胞周期やCDK1活性と無関係にCa2+オシレーションが見られるようになる。また、MEK阻害剤U0126によってERKの活性を阻害すると、CDK1活性に関係なくCa2+オシレーションが阻害される。このことより、Mos/MEK/ERKカスケードが卵におけるCa2+オシレーションを制御し、それがCDK1活性から始まる細胞周期の制御を行い、さらにそれがMos/MEK/ERKカスケードの活性にfeedbackしていると考えられる。

 一方、ユウレイボヤでは受精直後のCa2+上昇を引き金に細胞質の分層を伴うダイナミックな卵の変形が起こり、これがその後の発生の極性を決定づけている(図7)。この現象にはアクチン細胞骨格系の関与が解っているため、細胞骨格アクチンの重合・脱重合を制御し、卵割に関与していることが知られている低分子量Gタンパク質rhoに着目し、その卵形変化への関与と卵内Ca2+との因果関係について検討している。これまでの研究により、ユウレイボヤ卵にもrho様のタンパク質が存在すること、rho特異的阻害剤であるC3酵素により受精直後の卵形変化が阻害されることが明らかになった。さらに、このC3酵素による卵形変化の阻害は、卵内Ca2+の変動には影響を与えず、IP3やCa2+ ionophoreなどによる人為的な卵内Ca2濃度の上昇で誘導される卵形変化もまたC3酵素によって阻害された。以上の結果より、卵形変化は受精による刺激によるIICRがrhoを活性化し、アクチン繊維の挙動を制御していると考えられる。

図7.受精直後におけるユウレイボヤ卵の変化とアクチン繊維の挙動
上段(A)透過像、下段(B)ローダミンファロイジン染色像。(a)未受精卵、(b〜d)受精直後、(e)受精後15分。
動物極側(上側)より植物極側(下側)に向かって収縮波がみられ、その後約10分で第1極体(e矢印)が放出される。

3)哺乳類精子の受精能獲得及び先体反応の分子機構

 ヒトを含む哺乳類では、精子はメス体内の腟や子宮を通過して卵管に進入し、卵管内で待っている卵へたどり着いてやっと受精する。一般的に哺乳類精子は射精された直後は卵子へ侵入することができない。しかし雌の生殖道内を通過することによって精子は先体反応を誘起し卵子へと侵入可能となる。この現象は精子の受精能獲得(capacitation)と呼ばれており、さらに精漿には精子の受精能獲得を抑制する因子(受精能抑制因子)が存在することが知られている。そして、副生殖腺である前立腺、精嚢由来分泌物質や、精巣上体由来の受精能抑制因子の幾つかの候補が示されている。しかし、メス生殖器内での精子の受精能を調節する機構は不明であった。我々は、マウス精嚢から分泌される精漿タンパク質Seminal Vesicle Secretion 2 (SVS2)がin vivoにおいて受精能抑制因子として働くことを明らかにし、さらにSVS2の精子側受容体がガングリオシドGM1であることを明らかにした(図8)。

図8.マウス精子受精能獲得におけるSVS2及びGM1の役割

 

 さらにSVS2を欠損したオスマウスを用いて、交尾後のメス生殖器内での精子の挙動を詳細に調べたところ、子宮には精子の受精能を高める働きはなく、逆に精子を殺して排除しようとする働きがあること、SVS2は精子の細胞膜を保護することで子宮の殺精子作用から精子を保護し、卵の待つ卵管へ精子を送り届ける作用があることを明らかにした。即ち、メスとオスによる精子への攻撃と防御のバランスが子宮内での競合的な精子選抜を引き起こし、これによって選ばれた精子が卵管で待つ卵と受精可能となる仕組みがあると考えられ、この結果は子宮と精漿の役割に関するこれまでの知見を覆すものである。 

詳しくは,プレスリリースを参照してください。

 

 一方,多くの動物の精子では、受精直前に頭部先端にある先体が開口放出様の反応を起こす(先体反応)ことで卵との結合を可能としている。近年この先体反応にはIP3受容体及びstore-operated Ca2+ channelを介した細胞内Ca2+上昇が必須であることが報告されている。そこでIP3産生酵素であるphospholipase Cd4(PLCd4)の欠損マウスが雄を主因とする受精障害を起こすことに着目し、PLCd4欠損マウス精子の先体反応及び細胞内Ca2+の動態を詳細に検討した。その結果、先体反応にはPLCd4を介して細胞内Ca2+上昇を持続的に維持し、先体反応を引き起こすことを明らかとした(図9)。

図9.受精の際のカルシウム変化